祖父と戦争 その5

前回の話は こちらへ→「祖父と戦争 その4 戦地からの手紙」について


祖父は戦地で 怪我をすること無く 時は流れ・・・

昭和15年 8月の事 祖父は夕方 上の人に呼ばれます


内地(日本)から初年兵が補充され 余剰人員として

召集解除になり内地へ帰還する者が 明日 発表されるとのこと

通常は 3年兵が主に召集解除になるのだが

1年兵の中も何人か含まれるとのことで

祖父も名前を呼ばれるので 準備をしておくようにと言われたそうです




そして 次の日の朝 隊長が 帰還する者の名前を呼んで言ったそうです

『・・・以上○○名・・・』



何故か 祖父の名前は呼ばれずに 発表が終わり

『昨日 名前を呼ばれるって言われて まだ呼ばれてないヤツいるか?』

と隊長


祖父が呼ばれていなかったので 前に出ると

『○○です』 と祖父

『そんな名前は無い!!』と隊長




祖父は 必死で 隊長の持っている紙をよく見てみると

自分の名前がそこに・・・隊長が読み間違えたのです




祖父の苗字(私も同じ名字なんですが・・・)

簡単な字なのですが ちょっと変わった読み方なので

知らない人は読めないんです







同じく帰る予定になっていた同期で友人のHさんは

入る予定の初年兵3名が士官学校への入学が決まり

その分 3名人数が減り 召集解除になる人数も3名減ったため

帰る事が出来なくなり 泣いていたそうです




Hさんは 祖父の家からも近い東京の人だったので

『こういうわけで 帰れると思ったが 帰れないことになったけれども 元気でいるから安心するように・・・と家族に伝えてくれ』と言われたそうです


祖父が 1年くらいで戦地から帰れたのは 何故だか本人も分からないそうです

当時 戦況が劣勢ではなかった事と 祖父は兄妹が 祖父以外は 女しか居なかった事(男は後継ぎという考え?)などがあるのではないか?と 祖父は言っていました



昭和15年8月 撮影
画像


祖父は 無事に内地(日本)に戻ったのですが・・・

マラリヤに感染している事が分かり 東京の病院で42日間 治療をうけ

完治してから 自宅に戻りました

その後 Hさんの家を訪ね 彼が帰れなかった事情を伝えたそうです




祖父たちと一緒に帰れなかったHさんですが 無事 復員し

軍隊にいた時に 祖父に親切にしてもらい世話になったと

祖父の名前と同じ名前を 自分の子供に付けたそうです





歩一の ポストカードです

軍の訓練所の様子などの写真が印刷されています
(画像をクリックすると 少し大きく見やすくなります)
画像


左上:体操場 記念碑   右上:兵舎一部 営庭
左下:ハガキ裏面      右下:馬頭観音 馬場、厩舎

ちょっと見えづらいですが 裏面には 郵便はがきと逆向きから書かれていて

切手を貼る所には 歩一と日の丸が書かれています

こんな良い環境です・・・っていう宣伝用なのかもしれません






無事に帰ってきた祖父でしたが 祖父の戦争体験には 続きがあります


まだ 太平洋戦争も始まる前です

戦争が酷くなるのは これからのことです



いつもたくさんの気持玉&コメントありがとうございます

私的なものなので 気持玉&コメント欄を閉じさせていただきました