祖父と戦争  その6

戦地から 帰ってきた 祖父は 以前勤めていた魚屋で働き始めます
(前回の話は こちらへ→「祖父と戦争 その5」について)

ところが 戦争が激しくなると 魚をとるための船の油がなくなり 築地の市場では思うように買えなくなりました

問屋や闇市で仕入れるようになり 品ぞろえは良くないが奪い合うようになり クジにかけるようになりました

魚屋も商売が徐々に成り立たなくなってきました




昭和16年7月頃

そこで 祖父は 魚屋をやめて 領事館警察官の試験をうけることになりました

4,000人 受けたなか 祖父を含め  400人が合格し 大学が夏休みの間を利用して 研修が1ヶ月間行われたそうです

その研修の間にも 召集されて 研修を卒業できたのは 270人にだったそうです

130人は 警察官になる事なく 召集されて戦地へ向かいました

そして 祖父は警察官となり 上海へ派遣されることになりました

拝命時の写真(皇居前にて)
(写真をクリックすると 少し見やすく大きくなります)
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拝命時の写真
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祖父は 当時 魚屋で知り合った女の人と 結婚の約束をしたそうです

その人は奥多摩に住んでいて 祖父は制服を着て 会いに行きました
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ところが 領事館警察官の制服は 日本国内の警察官よりも 派手で金モールなどが付いていたため 田舎の駅員が 祖父を偉い警察官と勘違いし 降りる駅に連絡をしてしまいました



祖父が奥多摩の駅に着くと 駅員・駅長総出の歓迎で 最敬礼をもって迎えられてしまいました



駅には彼女も来ていたそうなんですが・・・

警察官になったばかりで 敬礼も上手く出来ないのに 派手な出迎えをされてしまい 恥ずかしくなった祖父は 挨拶もソコソコに 帰りの電車に乗って帰ってきてしまったそうです



「中国へ行って 1年が経つと 妻帯許可が出るので そうしたら 一緒になってくれるか?」と彼女に聞いたそうです

彼女は 「はい」と返事をしてくれたそうです




ネタばれですが 実は この彼女 祖母ではありません・・・

昔話で 奥多摩の人に会いに行った話は聞いていましたが

それが結婚を約束した彼女だったとは 誰も知らなかったのです


晩年 昔話を聞く私に こっそり(なのか?)教えてくれました



そして 祖父は 上海へ・・・

日本総領事館中支警察部で 1ヶ月勉強(法律の勉強、柔道、剣道、団体訓練、実際勤務(24時間勤務)の交番(上海の街中の交番 交番は6ヶ所あった)し その後 配属先が決まったそうです





ここからは 祖父の書き遺していた資料を もとにしています

祖父は 開設まもない上海の南通総領事館警察分署に派遣されます

署長以下7名 新着任を入れて10名  現地採用3名  そののち 2年後 現地採用2名の 計15名だったそうです


3年後 領事館が開設され 領事1名・書記生2名・日本人事務1名と

日本人と中国人の両親を持つ女性が通訳として勤務していたそうです



ここが南通総領事館警察署です

日本軍が来るまでは ここは中国の学校だったそうです
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まだ 太平洋戦争が始まる前の事でした

次回へ 続く・・・


私的なものなので 気持玉&コメント欄は閉じさせていただきました

いつも たくさんの気持玉&コメントありがとうございます

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  • Excerpt: 前回のブログで 領事館警察官になった祖父ですが その後の話を・・・ (前回のブログはこちら→「祖父と戦争  その6」について)
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