祖父と戦争 その7

前回のブログで 領事館警察官になった祖父ですが その後の話を・・・
(前回のブログはこちら→「祖父と戦争  その6」について)


前回 結婚の約束をした彼女の事ですが・・・

1年経って 中国にいる祖父の代わりに 祖父の父が結婚の申し込みへ行った所 中国へ娘を行かせるのは心配だったのか・・・彼女の両親に断られてしまったそうです


その彼女とは それっきり・・・ その後 どうなったのか?分かりません

どんな女性だったのか 写真もないので分かりません

祖父がこの女性と結婚していたら どんな人生を歩んでいったのか 少し考えてしまいます(私が生まれないことになりますが・・・)

画像


新人の仕事内容は 警察と役所の仕事を両方していたそうです(出生届、在留届、結婚届など)

上司の仕事は共産軍の情報集めたり、日本人の店の営業許可(許可を出すのは総領事で 下調べをするのが警察の仕事)や、看護師・医者の開業許可などです

もし勝手に店などを出していたら 領事館に呼び出し注意します

何らかの犯罪を犯した者は 上海の大きい領事館の中の裁判所で 裁判(当時は裁判官は領事が行う)をして、罪の重さを決めます

それから日本へ送られ、そして日本の刑務所で服役します

上海で犯罪を犯すと 上海での在留禁止が出たそうです
画像


近くの病院には 日本人の医者が13人くらい 中国人の医者が5人くらいいて 看護婦さんは 日本人の看護婦が20人くらい 中国人の看護婦さんが100人いたそうです

日本の企業や病院とはいえ 日本人も中国人も両方 働いていたんですね


そこに働いていた Rさんという中国人の女性が とっても綺麗な人で素敵だったと 祖父が言っていました

Rさんのお兄さんは密偵であり 共産軍の情報(主に新聞を持ってくるなど・・・)を持ってくる仕事をしていたそうです


でも 戦後になって考えてみれば きっと Rさんたちも日本軍の情報を 共産軍に教えていたのだろうと思ったそうです

そうでなければ 共産軍に殺されてしまうだろう・・・との事でした



このRさん兄妹は 戦争に日本が負けた後 祖父が引き揚げるまで とても 良くしてくれたそうです

祖父の事ですから Rさんに特別な便宜を図ったわけではなく 日本人も中国人も分け隔てなく 普通に接していたからこそ 負けた後も とても親切にしてくれたのだと思います


画像


画像



内地(日本国内)と違い 食べ物も豊富にありました

画像



私的なものなので コメント欄&気持玉は閉じさせていただきました

いつもたくさんの気持玉&コメント ありがとうございます

次回は いつになるか分かりませんが 続きます

この記事へのトラックバック

  • 祖父と戦争 その8
  • Excerpt: さて 祖父の警察官生活も 5年となりました (前回のブログは こちらへ→「祖父と戦争 その7」について)
  • Weblog: ロシアンブルー ピエールのブログ
  • Tracked: 2012-02-19 07:52