祖父と戦争 その11

今日は終戦の日・・・

長きにわたり ちょこちょこ 更新してきた

祖父から聞いた戦争中の話ですが

前回から 1年も時間がたってしまいました

前回の記事はこちら →祖父と戦争 その10





終戦の日を迎えた祖父ですが

その時の様子を具体的に語る事は あまり ありませんでした



祖父が亡くなってから 古い手紙を整理していると

終戦直後 中国から帰った知人が

祖父の近況を知らせる手紙を 実家に送ったものが見つかりました




祖父の無事が 家族に分かったのは 終戦の翌年の1月の事・・・

その知人の手紙によってでした



手紙によると・・・

祖父たちは 終戦後 書類などを処分し・・・領事館を閉鎖

8月26日 上海に向かうため 南通邦人たちと船に乗船

翌27日に上海に到着し そこで 仲間とともに 自炊生活をしていたそうです



どの日本人もそうでしたが 荷物を盗まれたり

1か月の間に住む場所を何度も変えたりしなければならない状況に置かれたそうです


幸い 祖父たちは 荷物を盗られる事もなく

無事に逃げる事が出来たようでした


9月 10月頃には 少しばかりの配給があったそうです


10月頃までは まだ警察の仕事があり

上海で外勤をしていたようですが その仕事も出来なくなり

毎日 何をする事も無い日々を過ごしていたようです


混乱の中 上海で使われていた貨幣は

価値を成さない物になっていましたが

物価が高騰していたので 着古したシャツなどの手荷物を売って

お金に替えて 生活をしていたそうです



そして 祖父は 領事館のK書記に頼まれて

ガリ版きり(謄写版)が出来るので事務員として

邦人を日本へ帰らせるため

日僑事務所で働いている事が書かれていました



現在 中国軍の日僑事務所に入っており

証明書等を持っているので 一般の人よりは安全だと書いてありました

上海には まだ幾万の日本人が残っており

全員を帰国させるには 1年では足りないと・・・




そんな中 祖父は

一番最後の帰国者と共に帰るんだ・・・と言っていた事など・・・




祖父の話によると 日本の発行していたお金は

つぎつぎと 使えなくなっていったそうです

昨日 使えたお札が

今日はもう使えなくなったというペースで使えなくなったそうです




そして 中国に住んでいた日本人 みなそうでしたが

戦時中は 日本に送金できるお金の上限が決まっていたので

どんなにいい給料でも 送金できない分のお金は

朝鮮銀行へあずけるようだったそうです



中国にいた警察官は

内地の警察官よりも給料が良かったそうですが

祖父の貯金していた物は

終戦により すべて 無くなってしまったそうです



そして終戦前 人力車(自転車に乗って 後ろの客車を引っ張る物)は

日本人は乗れて 中国人は乗ってはいけない事になっていたそうですが

終戦の日を境に 立場が逆転


今度は 日本人は乗っては行けない事になったそうです



日本人がこの人力車に乗っていると

止められ 引きずりおろされるようになったそうです



祖父は 中国軍の日僑管理所の仕事をしていたので

人力車に終戦後も乗る事が出来たそうですが

顔を見ると日本人だと分かるので よく止められ

そのたびに証明書を見せていたそうです



祖父の住んでいた場所から そう遠くない所に

李香蘭も避難してきていたそうですが

祖父たち一般人は近づけないようになっていたそうです


もちろん 祖父も終戦まで

李香蘭は 中国人の女の人だと思っていたと言っていました


さて そうして 祖父は 日僑管理所で仕事をして丸1年がたち・・・2年がたち・・・

そのまま 中国へ残ってしまおうか・・・と考えたようですが

みなに説得され 最後の引き上げ船に乗って 上海をあとにするのでした




祖父は 日本の港で 2,000円を貰い(引揚者は みな一律2000円を貰ったそうです)

実家のある埼玉へと向かったのでした





その頃 祖父がいつ帰ってくるのかも分からず

家族は いつもと変わらぬ生活をしておりました


祖父の父は 戦争で壊れた 橋の架け替え作業に

村人たち総出で 行っていました



そこで 引き揚げて駅から歩いてきた 祖父(息子)と 再会・・・

祖父の父の目から 大粒の涙がポロポロっと こぼれました


この事は 今でも 昨日の事のように よく覚えていると

祖父がよく話していました


祖父の父は 祖父が日本人全員が帰るまでは帰らないと言っていたので

もう帰って来ないんじゃないか・・・と思っていたそうなので

よほど嬉しかったのでしょう



戦後のお話も

GHQの専用列車に乗った祖父のちょっと笑える話(悪い事したわけではないですよ)など

色々ありますが・・・

それは またの機会にでも お話するとして・・・

祖父の戦争体験は これで終わります



祖父には もっと色んな話を聞きたかったなぁ~と思う事があります

私が祖父から聞いた話は覚えている事だけなので

正確なものではない所もあると思いますが その点は ご容赦ください


最後まで お読みいただきありがとうございました


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