行李

父方の祖父母の家を 片付けした時に 行李を見つけました ずっと使ってなかったようで ホコリだらけで 拭いて干しました ちょっと角が傷んでたけど 使えそう こんなものが出てくるのは稀で ほぼゴミ・・・ まだまだ ゴミが たくさんあるんだよね(汗) ピエールのものになってしまいそう・・・と思ったんだけど やっぱり自分のかごの方がいいみたいで ちょっとチェックしてみて 終わりでした こっちのかごが好み 祖父母の家で見つけた 私の子供の頃の絵 前回 載せた猫の絵の別のやつ ちらっと見て 悪そうなシャム猫だと思ってたけど・・・ 口の周りが インクで汚れてるだけだった(笑) 目つきが悪そうなんですよね(笑) 足のあたりが やっぱり6歳の絵だなと思う

続きを読む

暑くなる前に・・・

ピエールは 畳でゴロ寝 畳は 気持ちいいよね 先日 暑くなる前に・・・と思って 母と 父方の祖父母の家の物を少し整理した 曾祖父母の代から 田舎の何でも屋って感じで 商売もしてたから 物がいっぱい(汗) 実家のある市は まだ ゴミ袋が指定じゃなくて有料じゃないから 粗大ゴミ以外は 分別して出せばOKだから 楽なんだけど しかし 物が多い(汗) 2階の8畳くらいある1部屋を掃除したけど 3時間やって半分位だった・・・ まぁ無理もないよね 曾祖父母の代から 100年くらい住んでるボロ屋だから・・・ 古いからって 立派な家じゃないですよ イメージするなら 千と千尋~の商店街に出てきそうな トタン張りの店のボロバージョン (注:あんなに立派でオサレじゃないです) 片付けてたら出てきた新聞・・・ 昭和49年 1枚だけとってあると思ったら 長嶋・金田 しかも ガム7枚50円!! 安い!! 上の記事に興味があったのかな??と思ったけど 祖父も巨人ファンなので そっちかな?? 記事は 富士山の道路が環境を破壊してるといった感じで 将来に向けて警鐘を鳴らすといった内容 (一部しかなかったので ざっくりとしか読んでないけど) たぶん 当時は マイカー規制がなかった時代かな この新聞は 日曜版だったから 裏には求人…

続きを読む

年中無休

そろそろ 猫のへそ天の季節も終わりだな・・・・ なんて思ってる方もいらっしゃると思いますが・・・ ピエールのへそ天は 年中無休です お腹のスライムは そろそろ見納め・・・ 部屋が寒くても へそ天します すっかり忘れてた 祖父母の店で むかーし むかーし 売ってたもの 祖父母の家は 最後は駄菓子屋兼何でも屋でしたけど 私が生まれる前 昔は 田舎にある何でも屋さんって感じのお店だった だから 色んな在庫が残ってて こんなものもありました 貰ったことも忘れて 竹ひごだと勘違いまでしてた 編み棒 ちょっと曲がってしまってるものが多いかな ちゃんと 番号入ってました あと これは たぶん 売り物じゃなくて 曾祖母とかが使ってた かぎ編み棒じゃないかな 結構 汚くて 拭いたけど まだ汚い 何か 動物の骨っぽい素材です 子供の頃 祖父母のお店に行くと 売れ残りの物が入ってる奥の棚を覗くのが好きでした 昔の日用雑貨とか ちょっとした玩具が出てきて 結構 面白いんですよね ブログテーマの昔のモノって所に 色々と載せています

続きを読む

掃除中

久しぶりに ビーズの材料の入っている棚を整理していたら 入られてしまいました どうですか??最上階の居心地は?? それにしても 何でこんな物 取っておいたんだろう?? と思うような物がたくさん・・・ 何かに使えるだろうと取っておいたんだろうな・・・と 思い切って処分しました(少しね・・・) 3連休 暑かったですね~ 私は 熱を出して 寝込みました(汗) もう 熱も下がりましたが だるいですね・・・ あまり ピエールの遊び相手が出来なかったので 昨日 ピエールは仕事をしているパパの邪魔をしていました いじけて 寝ています  おまけ   祖父母の家は 田舎の何でも屋さんだったとお話ししましたが  昔のこんな物も売っていました・・・  時々載せている 祖父の家にあった昔のモノを・・・  (前に載せた物は ブログテーマ 昔のモノをクリックしてください)  紋合わせです  これ1枚しか残っていません  横のシマシマの部分に 紙を丸めたものが貼り付いています  それをめくって 描いてある紋と合わせるのかな??  私も遊んだ事が無いので よく分かりません  祖父の家はお茶屋もしていましたが 田舎の何でも屋さんでした  最後の方は 駄菓子しか置いていませんでしたが・・・ …

続きを読む

祖父 祖母と戦争 その9

祖父の事ばかり書いてきましたが・・・ (前回のブログはこちら→「祖父と戦争 その8」について) その頃 祖母は 東京の麹町にあるお屋敷でお手伝いをしていました(昔の日本テレビがあった辺りの場所と祖母が言っていました) 祖母がお手伝いをしていた家は 娘夫婦が銀行の支店長でした 中国の支店へ転勤になったため 祖母がその両親たちの 身の回りのお世話をするために勤めていました お屋敷の周りでは同じような大きな家がありました 戦争が激しくなるとともに 隣の家では 毎朝 避難訓練をしていたそうです そうして 祖母は東京で 3月10日の東京大空襲を経験することになりました 被害が酷かったのは 東京の下町の方でしたが・・・ 麹町界隈にも 爆撃機が飛んできたので 慌てて家から出て 四谷公園の方へ みなで 走って逃げたそうです 祖母が言っていたのですが この時 四谷公園の方へ逃げなかったら 火事に巻き込まれて 死んでいただろうと言っていました たまたま 家から出て そちらの方向へ 走って逃げたので良かったと言っていました あとから 分かった事ですが 祖母のいたお屋敷に広い所なら安全だと思った人が逃げ込み 火災旋風に巻き込まれ 何人も死んでいたそうです 焼け出された祖母たちは お屋敷のご主人の親戚がい…

続きを読む

祖父と戦争 その8

さて 祖父の警察官生活も 4年となりました (前回のブログは こちらへ→「祖父と戦争 その7」について) そのまま 同じ所に勤務をしていました 時々 共産軍の襲撃などがあるとの情報があり トウチカで警備をしたりする事もあったようです それ以外は 平和な日々を過ごしていたようです この頃の祖父が家族に宛てた手紙には ”戦局の推移に伴って 中国人の中にも日和見的な態度をとる者が無しとは言えない”と書いてありました 日本の戦況の悪化によって 協力的だった中国人の中には 態度を変える者がいたようです 上海公園にて・・・ 警察官と その家族 Kさんの出征の日(スーツを着た人がKさんだと思います) 警察官は召集がなかったので 彼は警察官では無く 領事館の関係者か?知人?だと思われます 邦人の射撃大会 さて その頃の日本の話をここで少し・・・ 祖父の実家では 1番目の妹は働いていた工場を辞め 将校さんの家に行儀見習い(お手伝い)へ その後 すぐに結婚して嫁いでいきました(昔には珍しく 恋愛結婚でした) 2番目の妹は やはり働いていた工場を辞め 航空審査部の測定班(事務員)で働き始めます 徴用といって 軍事関係で働くこととされたため 近くで募集のあった航空審査部の面接試験をうけて 働き始めたそうです ここからは 2番目の妹のYさんに聞いた話を元に書いています 2…

続きを読む

舌ベロ ちらり・・・

いつものキャットタワーのハンモックで モリモリ寝ています パンパンです 目が覚めたら 舌ベロが出ていました 変な顔・・・ 今日は ワクチン接種に行ってきます~ 去年は 注射された時に ぎゃぁ~っと鳴きました 実家のミルクの通院で 何度も注射のシーンは見てきて 何とも思わなかったのですが 実際に自分だけで世話をして飼ってみると より一層 感情移入してしまって ちょっと可哀相になりました(親バカですね・・・) 今年は 鳴くかな??  おまけ  ワクチンつながりで 祖父の家にあった古い物を・・・ (以前に載せた物は ブログテーマ昔のモノをクリックすると観れます) 祖父が約1歳の時に 受けた予防接種(種痘)の証明書です (写真をクリックすると少し大きく見やすくなります) 第一期ってことは 何回か受けるようだったのでしょうね でも これしか残っていませんでした 祖父が生きていれば 今年で94歳・・・ 93年前のモノってことですね

続きを読む

祖父と戦争 その7

前回のブログで 領事館警察官になった祖父ですが その後の話を・・・ (前回のブログはこちら→「祖父と戦争  その6」について) 前回 結婚の約束をした彼女の事ですが・・・ 1年経って 中国にいる祖父の代わりに 祖父の父が結婚の申し込みへ行った所 中国へ娘を行かせるのは心配だったのか・・・彼女の両親に断られてしまったそうです その彼女とは それっきり・・・ その後 どうなったのか?分かりません どんな女性だったのか 写真もないので分かりません 祖父がこの女性と結婚していたら どんな人生を歩んでいったのか 少し考えてしまいます(私が生まれないことになりますが・・・) 新人の仕事内容は 警察と役所の仕事を両方していたそうです(出生届、在留届、結婚届など) 上司の仕事は共産軍の情報集めたり、日本人の店の営業許可(許可を出すのは総領事で 下調べをするのが警察の仕事)や、看護師・医者の開業許可などです もし勝手に店などを出していたら 領事館に呼び出し注意します 何らかの犯罪を犯した者は 上海の大きい領事館の中の裁判所で 裁判(当時は裁判官は領事が行う)をして、罪の重さを決めます それから日本へ送られ、そして日本の刑務所で服役します 上海で犯罪を犯すと 上海での在留禁止が出たそうです 近くの病院には 日本人の医者が13人くらい 中国人の医者が5人くらいいて 看護婦さんは 日本人の看護婦が20人くらい 中国人の看護婦…

続きを読む

ごめん~~!!

コタツで寝ていたピエール・・・ 可愛いかったので 写真を・・・ あれ 起こしちゃった もう眠れないニャ~ ごめんね 起こしちゃった   オマケ  おまけも ごめん話です・・・ 前の日まで覚えていて 完全に忘れてた 昨日 1月9日は 祖父の命日でした(不覚にも夕方になって気がついた:汗) 祖父の口癖は 「死んでから いくらお線香あげてもらっても おれは分からないんだから 生きている間に まんじゅう1個でも貰った方が よっぽど嬉しい・・・」と言っていたので 土曜に行った時に お仏壇を拝んできたから 勘弁してもらおうかな~ この口癖 別に まんじゅうや物が欲しいわけじゃないんですよ そのつもりで 生きている間に顔を見せてくれる事の方が嬉しい ということなんです というわけで 祖父にお詫びの印として・・・ 祖父の人生最大の唯一の自慢を・・・ 興味のない方は くだらない話なので飛ばしてください 祖父は 地元の高等小学校を首席で卒業しました  (その時の賞状です)   主席の者には 郡長さんから硯箱が贈呈されたそうです 5番目くらいまでの生徒は 筆など何らかの賞品が出たそうです 今は成績で順位を付けることは 公立の学校ではしませんが 戦前はそういう仕組みがあっ…

続きを読む

のぞき

朝起きると カーテンが開いている事が時々 ありました ちゃんと閉めて寝たはずなのに???と思っていたら こういう事でした カーテンと壁の隙間に顔を入れ 横に移動→→→ 外を覗く この部屋のカーテン ピエールがキャットタワーから外を眺めやすいようにするため 片方にすべて寄せることが出来るように 端っこを止めていません ピエールにも簡単に開けられてしまうみたいです・・・ 夜 何が見えるのかな??   お ま け     すご~く久しぶりな・・・    時々 載せている 祖父の家の古い物を・・・    (前に載せた物は ブログテーマの昔のモノをクリックしてください)    前回に続いて 絵葉書です    帝國劇場と東京會舘と書いてあります(おそらく 戦前でしょう・・・)    左が 東京會舘 右が帝國劇場 だと思います    (クリックすると 少し画像が大きくなります)    お堀沿いの道 とっても大きな通りなのに 車は1台か2台・・・    人もまばらで 大八車みたいなものも走っています    そして これが現在・・・    奥の茶色の建物が帝國劇場です そのさらに奥が東京會館です  (フリー画像サイトより)    こちらも角度は違いますが 右が帝国劇場 左が東京會館です (フリー画像サイト Suga…

続きを読む

祖父と戦争 その5

前回の話は こちらへ→「祖父と戦争 その4 戦地からの手紙」について 祖父は戦地で 怪我をすること無く 時は流れ・・・ 昭和15年 8月の事 祖父は夕方 上の人に呼ばれます 内地(日本)から初年兵が補充され 余剰人員として 召集解除になり内地へ帰還する者が 明日 発表されるとのこと 通常は 3年兵が主に召集解除になるのだが 1年兵の中も何人か含まれるとのことで 祖父も名前を呼ばれるので 準備をしておくようにと言われたそうです そして 次の日の朝 隊長が 帰還する者の名前を呼んで言ったそうです 『・・・以上○○名・・・』 何故か 祖父の名前は呼ばれずに 発表が終わり 『昨日 名前を呼ばれるって言われて まだ呼ばれてないヤツいるか?』 と隊長 祖父が呼ばれていなかったので 前に出ると 『○○です』 と祖父 『そんな名前は無い!!』と隊長 祖父は 必死で 隊長の持っている紙をよく見てみると 自分の名前がそこに・・・隊長が読み間違えたのです 祖父の苗字(私も同じ名字なんですが・・・) 簡単な字なのですが ちょっと変わった読み方なので 知らない人は読めないんです 同じく帰る予定になっていた同期で友人のHさんは 入る予定の初年兵3名が士官学校への入学が決まり その分 3名人数が減り 召集解除にな…

続きを読む

ぬくぬく

涼しくなってきたせいか 畳んでおいたお布団の隙間から ピエールが中に入って ぬくぬくしていた 今日の夜は お布団で寝てくれるかな~??    お ま け    時々 載せてる 祖父の家にあった古い物・・・   (前に載せた物は ブログテーマの昔のモノをクリックしてみてください)   絵葉書ですが 昔の銀板写真のような感じで 光が当たると銀色に光ります   (画像をクリックすると 少し大きく見やすくなります)   「空中ヨリ見タル帝国議事堂」と書いてあります   今の国会議事堂ですね 今と違って まわりに緑があって高い建物がないです     これは 誰かからの手紙のようです   暑中見舞いなんですが 戦中の手紙のようです     『暑中御見舞 先日は写真を有難ふ 君が空の守をくれたから      僕は海の守を送らふと思ったんだが 相にく見つからなかった物だから      取合へず 二重橋外之(?)送りましたから よろしく      軍艦が見つかり次第すぐ送ります      では 健康を祈る』   祖父の字ではないので 祖父へ宛てた物なのかもしれません   空の守って 飛行機の事でしょうか??   飛行機の写真とかかもしれませんね   そして 相手の人は 海軍なのでしょうか??    祖父が亡くなってしまったので 詳しい事は分かりま…

続きを読む

くるりんぱ!!

いつものように 壁に 寄りかかって休む ピエール この後 衝撃の瞬間が・・・ くるりん~~ ぱ!! ドン臭いので かなりのスローモーションでした こうして 寄りかかった状態から 伸びた状態へと変わるのでした  お ま け       時々 載せている 祖父の家にあった昔の物です   (過去のものは ブログテーマの昔のモノをクリックしてみてください)      伊豆大島の観光絵葉書です      よくみると 『黒潮香る伊豆大島  アンコ』と      逆から書いてあります      (写真をクリックすると 大きく見やすくなります)       祖父が 魚屋で働いていた頃(昭和初期)に       伊豆大島へひとりで旅行に行ったと言っていました       戦前にまさか旅行に??と思い 祖父の勘違いかな~と       思っていました       片付けたら 葉書や観光地の写真(ブロマイド)が       出てきたので 本当だったのだと思いました       よく調べてみたら 当時(戦前)は       伊豆大島観光ブームだったようです

続きを読む

祖父と戦争 その4 戦地からの手紙

前回の続きで 祖父がとっておいた戦地からの手紙から当時の様子を少し (前回のブログは こちらへ→「祖父と戦争  その3」について) 封筒や表書きは こんな感じです (画像をクリックすると 少し大きく見やすくなります) 戦地からの手紙は すべて検閲をされ 検閲済みの印を押されます 部隊が どこの場所にいるのか 秘密にされていたようで 祖父の方の住所は W部隊 I部隊 S隊 M平隊 となっていました ローマ字部分はそれぞその隊長の名前です (個人名なので 伏せさせていただきました) 右上の一枚だけが 友達から祖父に宛てた物で 残りは すべて祖父から父親へ宛てた手紙です その中から一つを紹介します 戦地から 祖父が祖父の父親(以下:父)に宛てて送った手紙です 場所などは伏字が使われ ○○と書かれています 昔の字体なので 私の解読できた範囲で・・・ (前回までのブログと 日時が前後します・・・すみません)   『 昭和14年も余すところ数日の28日に慰問品頂戴いたしました。    当日は○○(場所は伏せられています)へ正月用品の買い出し    久しぶりに映画を観にいき 帰ると慰問袋の事喜びました        ○○は現在 1万人程度の日本居留民がおり 日本料亭    日本人商店等軒を並べ 東京と少しも変わりません    物価は割合高いですがまぐろ寿司も食べられますし    青畳の上ですき焼きも食べる事ができ…

続きを読む

困りごと・・・

ピンポンダッシュの時に押し入れに入って以来 押し入れは 暗くて安全だ!!と思ってしまったピエール 押し入れを自分で開けて入ってしまうようになりました ひとりでお留守番の時には 必ずここで寝ています 子供の頃に ケージの中に キャリーケースを入れて寝かせていたので 暗い所が大好きで 落ち着くようです 何か押し入れに代わる 暗くて閉鎖的なベッドってないかな??    お ま け       たま~に載せている 祖父の家にあった 昔の物を・・・     (過去の記事は ブログにあるブログテーマ      昔のモノをクリックしてみてください)         『 聴取無線電話私設許可書 』です      (写真をクリックすると 少し画像が大きく見やすくなります)     無線電話??電話は戦後になって契約したと言っていたので     昭和14年って 変だな??と思い 色々 調べてみました     聴取無線電話とは 今でいう ラジオの事です     今は ラジオを買えば どこでも聴けて お金はかかりませんが     当時は許可制で 聴取料というものを徴収されたみたいです     当時のラジオは残っていないと思います     どんなラジオだったのかな??

続きを読む

祖父と戦争  その2

祖父が戦争へ行った時の話です 興味のある方は 読んでくださると 嬉しいです 前回の話で 祖父が召集された話をしました  (前回の記事は こちら→「祖父と戦争」について) 祖父が戦争に行った期間は とても短いものでした そこで何があったのか 多くを語りませんでした なので 少しだけ・・・ 訓練を終え 戦地へ派遣が決まった日に撮った写真 (昭和14年7月22日撮影) 祖父は歩兵部隊の機関銃隊に配属されました 馬が機関銃や荷物を運んでいたそうです まだ 戦闘経験もないうちは弾が飛んでくると怖くて みな 馬の陰に隠れたそうです そうすると 上官たちは 『おまえらは 1銭5厘の赤紙で召集されてきた 馬と機関銃は 天皇陛下からの賜り物で もっと金がかかっている』 と 言ったそうです 特に馬は戦地に連れてくるまでに すごくお金がかかったらしいです 馬も生き物ですから 命あるものは大事です 人間の命は尊いものではなかった時代でした ある時 その馬が クリーク(沼地)にはまってしまい どうしても抜けだせなくなった事があり その時 祖父とYさんが クリークに飛び込み  馬の脚を抱え持ち上げ馬を救い出したそうです その時は 夢中で クリークへ飛び込み 馬を救い出した祖父でしたが その後が大変だったというのです 全身泥まみれでびし…

続きを読む

お腹が空いた~

ピエールがお腹が空いた時 ブラッシングをすると・・・ ブラッシング&爪切り = おやつが貰える・・・と 考えているため いつも嫌がる お腹もブラッシングさせてくれることに 気が付きました!! 彼氏に抱っこされ うっとり(耐えてる?) ピエール 美味しい物 貰えるにゃ~ 我慢!!我慢!! この後 おやつをあげました      お ま け            たま~に載せている 祖父の家にあった 昔の物を・・・     (過去の記事は ブログのトップページにあるブログテーマ      昔のモノをクリックしてみてください)     今日は 曾祖父の筆算録(昔のノート)ですね     確か 曾祖父は 明治16年生まれだったから     明治33年というと16~17歳くらいかな?     曾祖父は尋常小学校の高等科を卒業した後     上の学校へ行ったと言っていたので その時の物でしょう     今で 言う高校なのかな?  中身は こんな感じ・・・     さすが・・・うちの家系  どうやら 数学は苦手らしい・・・     結構 間違えています(笑)     裏側は 曾祖父の生まれ育った家の住所が書いてあります     今も同じ所に家があり…

続きを読む

祖父と戦争

私の父方の祖父は 日中戦争へ召集されました 祖父は たくさんではないけれど 戦争の話を話してくれました 覚えている事だけ 書き残しておこうと思います 私的なものですが 興味のある方は 読んでくださると 嬉しいです 祖父は 大正7年生まれです もう亡くなってしまいましたが 生きていれば93歳かな?? 祖父に 昭和14年 5月 召集令状が届きました 出征記念に撮った写真です 左から 祖父の父 祖父 祖父の母  2番目の妹  一番下の妹です 祖父の父は明治生まれの人で 身長が180cmくらいあります 当時しては かなりの大男だったそうです 顔を隠してしまったので 写真から表情が分かりませんが 祖父の両親は とても悲しそうな顔をしているように見えます 祖父の一番下の妹は この時 17歳くらいで 駅から出征する軍人さんを送り出す鼓笛隊で 小太鼓を演奏したりしていたそうです 祖父の話によると こうして 大々的に写真まで撮って送りだされる人は まだ幸せなで 戦争末期には召集されると 大工さんは大工の仕事着のまま それぞれの仕事着のまま 夕方にこっそりっていう言い方も変ですが・・・  軍隊へ集まることとされたようです 祖父は日中戦争で まだ日本が劣勢ではなかった頃なので 派手に送りだされ 写真も残っていま…

続きを読む

ヤドカリ

紙袋に入って ヤドカリスタイルのピエール 手提げの部分の臭いを嗅ぐ・・・ くっさぁ~ 臭いんだよぉ~(八つ当たり?) アレ?撮っていたの?? 急に すますピエール やはり 変顔はとられたくないのかな??   オ マ ケ     祖父の家に 初めて電気をひいた時の 工事の領収証(コピー)です      現物は だいぶ前に 東電の歴史資料館に寄贈しました   大正8年は祖父の生まれた翌年です   よく とっておいたと思うような ペラペラのスケスケの紙でした   昔は 電気コードはメーター売りで   帝國電燈株式会社から買ったものだったんですね   こちらは 電気使用量の領収証   五燭 電球 1個 だけだったようです     五燭電球は 丸い小さい豆電球だと祖父から聞きました   電球の大きさと個数で 使用量が決まっていたようですね   小さな電球でも 電気がついた時 とても感激したんだろう・・・   と思いました   今は暗い所が無いくらい明るくできて      電気が使えるって ありがたいと改めて思いました 今日は すごく暑くなるようですね 今日の東京電力の電気予報 92%の時間帯がありますね 熱中症…

続きを読む

9か月過ぎました

忘れてました・・・ 9か月過ぎました もうあまり変化が無いので いつもの恒例企画はナシです 無理やり背中に乗る ピエール 腰をかがめて 引き出しの下の段などを開けていると 遠くの方から すごい勢いで ダッシュしてきて 背中に飛び乗ります 登り損ねると 洋服がビリビリになります 現在 4.6kgあるので かなりの衝撃に・・・ 腰を痛めそうで怖いです 今日は ピエールの写真があまり無いので 昨日に続き 昔の物を・・・   昭和30年頃の扇風機です   まだ 動きます 中心の部分は 空洞だったのですが 危ないので   祖父が紐を絡めて手が入らないようになっています   プラスチック製ではなく すべて金属でできています   (色は当時のままです)   当時 とても高い物だったそうで 月賦(ローン)で買ったそうです   確か?何万円ってしたとか言っていました   (正確な値段は忘れました)   扇風機を買った頃 まだテレビは家には無かったそうです   冷蔵庫も無かったかもしれません   祖父母にとっては初めての家電かもしれません   とっても高価な家電だったんですね   それだけに 祖父母は大事に使っていたようです

続きを読む

大盛り

キャットタワーのハンモック だいぶ狭くなってきた もう 上手く寝れないのに 無理やり寝ます 大盛り状態に・・・ この後 こうなりました 違う寝床を 買ってあげた方が良さそうです 彼氏が帰ってきて 安心して寝ています 彼氏は ピエールを飼うまでは犬派で 猫には興味がなかったのですが 最近は 私よりも先に外を歩いているネコを見つけます それでも 『ピエールは猫じゃないピエールだ!!』と言って 猫好きになった事を認めようとしないのです ところが 彼氏も認めざる負えない出来事が・・・ 駅からの帰宅途中 歩いていると ふと視線を感じ見上げると 近くのお宅の二階の窓から ニャンコが見つめていたそうです 『今までは そんなこと無かったのに ニャンレーダーの精度が上がった・・・』と彼氏 本人は あまり気がついていませんが・・・ 彼氏は ピエールと遊ぶ時は ネコ語で話しています(笑) 猫好きの仲間入りですよ    オ マ ケ      祖父の家のお店の売れ残りから ひとつ     鉄道荷札です(戦後の物ですね)          売り物だったのか?不明です たくさんありました     電車の好きな方は詳しいのではないでしょうか?        …

続きを読む

リモコン

リモコン 渡さないニャ・・・ エアコンのリモコンをお腹で隠す ピエール 一番 風の当たる所にいます   オ マ ケ     恒例の・・・って まだ 1回しか載せていないけど    祖父の家にあった ガラクタの中から・・・    昔の千代紙です    私が子供の頃は こんな柄の千代紙は無かったから      もうちょっと前のだろうなぁ…        バラ売りしていたのか??袋などはありませんでした    ちょっと 懐かしくもあり新しくもある柄ですね    ついでに もう1つ・・・ カバヤの チコちゃんガムの広告        お店のケースに貼られていて かなり色褪せちゃってるけど・・・    女の子だけのガムらしいです(50円です)    ヒミツのおもちゃ入り・・・何が入っていたのでしょう??    私 これは実物を見た事ないんですが・・・    観た事ある方いますか??

続きを読む

高熱 (@_@;)!!

高熱・・・  私でもピエールでもありません 彼氏です 高熱(39度)とお腹を壊してしまいました 私の家族は高熱を出すタイプの人がいなかったので ビックリ 彼氏は風邪をひくと高熱になるタイプらしいのですが・・・ 夜 隣りで冷たくなってたら どうしよう??って思った・・・と私が言ったら 笑われました 病院に行って点滴2本打って 薬を貰って帰ってきました 良くなれば いいのですが・・・ ピエールは 彼氏を心配して 洗面台で トイレの出待ちをしています 彼氏が寝ているので しもげる ピエール 寝る・・・   オ マ ケ  祖父の家にある 大正時代 昭和初期の色んな物(大ざっぱ過ぎる)の紙切れとか・・・ 金銭的な価値はありませんが 資料としてまとめて ブログに載せたら ちょっと面白いかな??と思って整理をしているのですが 祖父も亡くなって祖母は入院中なので ちょっと分からないモノが たくさん もっと昔話を聞いておけばよかったなぁ・・・と後悔 間違ってはいけないので ポツリポツリ 載せていこうかなと…

続きを読む